幼少よりサッカーを始め、高校ではインターハイを経験する。大学在学中に世界最高峰アドベンチャーレース“Raid Gauloises”(レイドゴロ ワーズ)を知り、自分に何か奮い立たせるものを感じ、挑戦を決意する。1999年から2006年まで、世界中の難関レースに挑戦。成功。2007年はアメリカGland Slam of Ultra Runningに挑戦中。趣味は波乗り、レースの合間、冬場を中心に鎌倉の海に入水。そして音楽鑑賞、大学時代にはまったレゲエのレコード収集は今も健在。最近はレコードの音源をデジタル化し、せっせとPCに入力中。鎌倉に住み、自宅から1分もかからずトレイルに入れる環境でトレーニング及び様々な活動、生活を行っている。
(株)TRAIL WORKS 代表
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再びコンニチハ。
やはり映画を観ただけだと頭の中が混乱していたので、Hirokiさんからのコメントを読んで安心しました。
ところで、この映画館の窓口に置いてあった「森達也著,いのちの食べかた,理論社,2004初版」は読まれたことありますか?
読みやすそうだったので昨日買って帰りました。
それで移動時間の長かった今日、読んでみたら、自分が何に混乱していたのかが少しずつわかってきました。
ちょっと長くなりますが、最後までおつきあいいただけると嬉しいです。
映画を観て…
多分私は1.大量生産の行程 2.と場で行われていること(解体) 3.と場で働く人たちのこと が混乱していたんだと思います。
1.大量生産の行程
●大がかりな機械化で、動物がモノに見えてしまう瞬間
●人の手で操作される いのちの生産
に怖さを感じました。
でも、こういうことが起きているのも事実。
本に、『その肉を食べるのは僕たちだ。
だから牛や豚たちは、少しでもおいしくて柔らかい肉になるために、少しでも多くの子供を生むために、
人間によって、ずっと品種改良を重ねられてきた。』とありました。
大量生産の大工場を舞台とした映像を観ていると、思うことはたくさんあったけれど、
Hirokiさんの言うようにこれが全てではないことも確かですよね。
でも同時に、今まで知らなかった「生産」のCoreをひとつの舞台を例にとって、ようやく知れたように思います。
2.と場で行われていること(解体)
映像の中で、牛や豚が意識を奪われ、解体されていく様子を一部始終みるのはつらい。
でもそれは、「なるべく苦痛を与えない」という動物にとっても、
作業する人の安全を守る上でも、大事なことなのだと本を読んで知り、少しずつ理解できています。
3.と場で働く人たち
大変な労力だけど、精神的につらいと思うこともあるんじゃないかな…という(私の)思い。
一方で、と場で働く人たちのおかげで私たちがおいしいお肉を食べられるという事実とありがたみ。
まだうまく言えないけれど、食卓にお肉が並ぶまでにはたくさんの行程と、たくさんの人々の働きがあることを、
改めてというよりも「初めて知った」ような気持ちです。
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考えてみると、私はお肉を見たとき多くの場合
スーパーでは食材として、食卓では料理の一部としてしか認識していなかったようにも思います。
でもこれからは、生きていた動物のいのちをいただいていることに感謝して、味わいたいと思います。
そして今はまだ意識が動物のことに傾いてしまうけれど、いずれ植物についても考えられるようになれたらいいなぁと思います。
いっぱい考えるって大変…^^;
でも知ることはとても大事なことですよね。
※最後に。考える機会をくださった弘樹さんにも感謝。
観てこられましたか・・
そうですね、いろんなことが考えられます
ただ僕は、この作品をみて感じたことは
日本も含めて世界中には
最終消費者である自分達人間の
生活や時間を犠牲にしてまでも
食、安全、品質、環境などを強く配慮し
当然、家畜や生産物ではあっても
それらへの配慮は怠らずにいる
農家、生産者が沢山いるという
僕の頭の中の情報がこの作品の全てを
ストレートに受け入れさせない要因となりました
作品に出てくる機械的な営みだけでは決して無い
ということが強く印象として残りました
しかし、映像は大量消費のための大量生産
その為の現実と現状という内容を
再確認できたと思います
今、目の前にある食事に対して
僕の「いただきます」とは
やはり、食材の魂に感謝を込めて
伝えることですね
きょう、観てきましたよ。
まず副題の「いただきますって、だれに言いますか?」
に対する今考えられる私の答えは、
「動物や植物に対してはもちろんだけど、屠畜場で働く人や農場で働く人に対しても言うんだろうなぁ…」です。
解説が一切ないからこそ、考える。何だろうって不思議に思う。監督の意図も少しつかめたような気がします。
この映画を通して感じた大きなテーマがあるとすれば、
私のなかでは「大量生産って何だろう?」になるかもしれません。
機械があまりにも正確に同じ作業を単々と繰り返す。それがジャガイモであっても、ヒヨコであっても。
メスの豚が決められた手順で、隣の豚と同じタイミングで妊娠する、出産する、
そして柵のある部屋に1匹ずつ横たわらせられて、生まれた子豚に乳をやる。
その隣の小部屋も、またその隣の小部屋も…。延々と続く「同じ絵」のような いのちの光景。
自由に、素直に、本能に従って行動する動物らしさや無邪気に駆けまわる姿がそこにはなく、ただただ「同じ」の続き…。
違ってあたり前の光景が同型にはまりすぎていて、なんだか気味の悪さを感じた。不自然である。
でもこういう気味の悪さを作り出したのは人間、つまり私たち。
私たちの渦巻くような、限りなき欲深さを食糧生産の過程で目に見える形にすると、どうなるか。
その答えが、このノンフィクションの映画につまっている。観せてくれている。
そんな気持ちになりました。
まりこさん
明けましておめでとう
今年も沢山走りに行きましょう
「いのちの食べかた」だけれども
今自分の頭の中にある、食や環境などについての
情報や知識を働かせずに観るといいかもしれません
もしまりこさんが観たら感想きかせてください
hiroki
Hirokiさんの感想と、このポスターのインパクトの大きさに、
思わずいまTrailer見たところです。
ほぉ…ドキュメンタリーなんですね。
帰り道が複雑な心境になりそうですが、大事なことだし、私も観に行ってみようかな。